競馬を事業として企画したわけは、単純に趣味が高じて至ったことではない。もともと事業家として企業のプロデュース全般の業務も広く請け負っていることから、この競馬事業も同じくしてある投資家グループからの依頼で「新しい金儲け」の企画を頼まれたことがきっかけである。
競馬? ギャンブルが何故事業として成立するのか、深く永く考え、そして研究した。もともとギャンブル好きというのもあってラスベガスやウォーカーヒルでも負け知らずだった。もちろん競馬も80年代から永く楽しんでいる一般的なファンだった。
しかし僕は負けない。ギャンブルにはかなり強い運勢なのだろうか、どこへ行っても負けない。但し、負けないための努力もしている。並大抵ではない程度だろう。研究や計算が大好きなのですべてを数値化したり、物理や心理学も得意なのであらゆる方向性と自らの哲学を織り交ぜて常に努力をしている。
競馬も同様である。単なる勘から試行錯誤に至るまであらゆることを行ってきたが、ここまでの十数年で完結した投資方法は実際には単純明快な方法論である。しかし実績があり、自らも投資して稼いでいる経緯が信用と信頼を勝ち取ったわけだ。
もちろん事業家として営むわけだからこの方法論や情報といった商品を営利目的として販売することになる。当然、相応しい形にするための試行錯誤も重ねてカタチにしている。ある程度まで誰もが可能という範囲でなければ商品にならないし、難しくしても面倒なだけでしょう。
競馬というギャンブルを事業化するためにまず自らが儲ける、そして依頼された投資家たちを儲けさせる、さらに周囲の人間にも儲けてもらう。これらの経緯もすべて勉強になっていれば大きな糧となり現在の商品に生きているのだ。いわば研究の成果として生きている。
もっとも100円から参加できて誰にも可能。それが競馬という、いわゆるギャンブル=遊びである。ただ、楽しみながら儲けられたら、それは夢のような話だ。つまり遊びながら儲ける 、 、 、 同類は宝くじだろう。特にロトと同じ感がある。予想して買うということ、掛け金が数百円程度など似ている。
ただ大きく違うのは「当たり」という答えが「見えている」か「見えていない」かだ。競馬の「当たり」はオッズ表に必ずある。それは誰にでも見ることができる。つまり賭ける前に「的中結果」を見ていることになるわけだ。
ただ「どれが的中」なのかが分からないだけ 、 、 、当然だ。しかし僕は「的中」に限りなく近づけられる技と術をもって提供しようと志した。競馬で救われる人や人生もあるだろう。ギャンブルだからといって安易に片してしまうのはもったいない。国が認めているアミューズメントで誰もが平等に儲けられるチャンスがあるのに利用しない手はないだろう。
誰にでも可能ということ、大きな資本や資金はいらないこと、毎日どこかで必ず開催されている、そのうえインターネットの普及により、いつでもどこからでも投票が可能ということ。すべてが開放された自由である。そのうえこの世からなくならない事業である。これを商売に出来たらおもしろいし楽しいだろう。
単に好きだった競馬から競馬事業にするため色々と考え、そして行動した。まず自分が儲からないといけない。もともと儲かっていたがマニュアル化する必要もあったし、また予想も安定させないとならない。
やることは山積していた。
しかし事実「楽しみながら儲ける」を可能として自らで実践している。JRAと地方競馬で毎日稼いでいる。儲かっている。これも仕事だから毎日休まず投票して実践したリアルな提案や情報を作り続けている。現に多くの会員組織をもって運営しているわけだし、そのトップであるわけだからこれも使命だろう。
自分が出来ないことを人には提供できない。
そして、やはり楽しくないと面白くないだろう。この場合の「楽しい」とは当然ながら的中と配当でしょう。もちろん自分がそうでないとリアルでもないし人にも信頼されないだろう。いずれ縮小して無になってしまう。世の中はそんなに甘くない、むしろ厳しい、非情なまでに厳しい社会だ。
そんな中で競馬で楽しみながら儲けて生活する? そんなこと有り得ないだろう。誰もがそう思うだろうし信じるほうがおかしい。世の中、そんなオイシイ話があるわけないだろ、自分がそう思うし、そう提言できる。しかし決して甘いことではないのだ。
ここまでくるのにどれだけの努力をしてきたか、どれだけの時間と労力を使ってきたか計り知れない。実業家として妥協はしないし、銭金を甘くは見ない。鉄則である。そして売れる商品には価値がある。つまり価値ある商品を作り上げればよい。皆に必要とされるもの、欲しいと思ってもらえるもの、それが商品の価値であろう。なにより自分が欲しいと思って研究した成果である。
過去の実績も公表し、対面した窓口やサロンもご用意して相談にのったりあらゆる展開もしてきている。
しかしこの「的中」の導き方はひとつではない。人々に喜ばれるためには人々に合わせないとならなかった。競馬には投票のスタイルが多くあるし、その方法は人の趣によっても異なってくる。
そこで誰にでも使えるアイテムとして「着順予想」での情報提供が流動的な活躍をみせてくれている。投票アイテムとしては自由自在の重宝モノである。そして軸馬の選定だ。的中率が自慢のモノであるが、日本一の実績を取れるほどの結果を出し続けている。
配列した着順予想と選定された軸があれば誰にでも的中が面白いように取れるだろう。買い目は好きな方法でよい。金額もいくらでも良い。人にあった楽しみ方で参加できる方法が毎日配信している予想なのだ。それだけでも十分な勝てるものだが、中には買い目や指示を欲しいと願う方も多い。
なにしろ「絶対」でないのがこの世の常である。時には運否天賦にも左右される。ただ人々が求めるのは助言であろう。この助言は限られたひとにしかできない術である。助言は求められる、それは需要となってこの事業主に与えられるチャンスである。
そして助言はひとつではない。伝え方や見せ方でも変わる。求められる需要もひとつではない。欲しい情報が自分の求めている趣向や性格に見合った、あるいは似ている程度を必要とし安心安堵するのが人間だ。
だからこそ同じ情報でも商品にしたらひとつではないということになる。僕が思う需要と供給の一致に対する拡張事業としてこの一環、つまりは需要に合わせた幅広い趣のための提供を実施して行うためにこの完全投票マニュアルを完成させた。
世にある人々が求める情報を商品にして需要に伴った事業を行う、これは必要不可欠な求められた事業である。提供し続けられる限り求められる幸せな事業として僕は簡単完結にして誰にでも可能な方法手段を提供しようとここに記す。是非とも活用して稼いで下さい。そして楽しんで下さい。